実務・現代ビジネス

ハーバード流交渉術の基本 ── BATNA・ZOPAと、相手にYESと言わせるPICO

結論から言います。交渉が苦手な人は、たいてい「価格」や「立場」を奪い合っています。 いくらだ、いや無理だ、と言い合う。これがいちばんまとまらないパターンです。逆に、交渉のうまい人は争いません。相手の本当の「興味」を探り、お互いの取り分(ピザ)そのものを大きくしてしまう。

今回は、ハーバードでも教わる交渉術の基本を、用語からテクニックまで一気に身につけます。読み終える頃には、価格を奪い合う交渉から卒業して、相手にYESと言わせる側に回れるはずです。次回はこの理論を使って僕が実際に家賃を半額にした交渉を一幕ずつ解説しますが、まずは土台となる考え方から。

まず、ありがちな「決裂する交渉」を見てみる

アンティークショップでの、お客と店員のやりとりを想像してください。

「この皿いくらですか?」「素敵なアンティークで8,000円です」「ここ凹んでるから2,000円で」「2,000円は無理、6,000円で」「3,500円以上は出しません」「それ以上の価値があります」——交渉決裂。

何がいけなかったのか。二人はずっと価格について争っています。 自分がどうしたいか(いくらなら払う/売る)だけを伝え合い、相手を説得しようとして、かえって泥沼化している。自分の立場を守ろうとすればするほど、新しい対立が生まれる。知らないうちに、こういう交渉をしていないでしょうか。

基本用語1:BATNA(バトナ)── 決裂したときの代替案

ここで最初に押さえる言葉がBATNA(バトナ)です。Best Alternative To a Negotiated Agreement の略で、「交渉が決裂した場合に最も望ましい代替案」のこと。

さきほどの例で言えば、お客が「3,500円までしか出さない」のは、3,500円以下なら他の店で買う、別の使い道がある、という代替案があるから。店員が「6,000円までしか下げない」のは、あなたに売らなくても他の誰かが6,000円で買ってくれるという代替案があるから。お互いの「ここまで」のラインの裏には、それぞれのBATNAがある。そしてこの2つが交わらなかったから、交渉は決裂したわけです。

基本用語2:ZOPA(ゾッパ)── 合意できる範囲

もう一つがZOPA(ゾッパ)。Zone Of Possible Agreement の略で、「交渉が成立する可能性のある範囲」です。

たとえば店主が「4,000円まで下げてもいい」、お客が「5,000円までなら払ってもいい」なら、4,000〜5,000円の間にZOPAが存在します。ここで合意できる。逆に、さきほどの決裂したケースにはZOPAがなかった(売り手の下限と買い手の上限が交わらなかった)わけです。

交渉の場では、まずこのBATNAとZOPAという言葉を思い出してください。「お互いのBATNAはどこか」「ZOPAは存在するのか」を意識するだけで、見え方が変わります。

相手にYESと言わせる4要素:PICO(ピコ)

ここからが本題です。相手にYESと言わせるには、4つの要素があります。頭文字を取ってPICO(ピコ)。ピコピコハンマーのピコ、と覚えてください。

– P:People ── 交渉相手も「人」である- I:Interest ── 相手の「興味」に集中する- C:Criteria ── 「客観的な基準」で主張する- O:Options ── 「選択肢」を広げて、分けるピザを大きくする

一つずつ見ていきます。

P:People ── 交渉相手も人である

相手も感情があり、立場があり、文化的背景も違う。だから動きは予想できません。唯一の共通点は「同じ人間だ」ということ。そして人間には、信頼・理解・尊敬・友情が効く。これらが交渉をスムーズにします。

アンティークショップの例でも、「実は共通の友人がいた」と分かった途端、「お友達なら安くしますよ」となることがある。赤の他人として価格だけで争うのとは、まるで違う。まず問題の本質は脇に置き、相手との関係を築くことに目を向ける。 これがPeopleです。

そして、この「関係を築く」ための道具が、次のETCです。

関係構築のフレーム:ETC(Emotion / Thinking / Communication)

People(関係づくり)を実践するための3要素が、ETC。高速道路のETCになぞらえて覚えます。

E:Emotion(感情) ── 重要な交渉ほど感情の比重が増します。自分と相手の感情を率直に伝え合うことが大事。ここで使えるのが「一度に一人しか怒れないルール」。感情に感情で応戦するとまとまらないので、「今は相手が怒る番」と考えて、自分は冷静を保つ。感情を出すのは交渉の一部ですが、あくまでマネジメントされた表現であるべきです。

(余談:ハーバードの交渉クラスには「机を叩いて感情を表に出して退出する」練習があるそうです。欧米の人はバーンと出ていって笑って戻ってくる。日本人は苦手で、恐れ多くてできない。でもこれは演技。本当に怒ってはいけません。)

T:Thinking(思考) ── 人が言い争っているのは「対象物」についてのようでいて、実は争いは頭の中で起きています。事故も商品価格も、起きた事象は変わらない。問題は彼らの「思考」のほうにある。だから、相手の思考の起源を理解し、受け入れやすい方法を選ぶ。受け入れやすくする工夫には、こんなものがあります。

– 最初から巻き込む ── いきなり重大な決断を迫っても受け入れられない。計画の当初から相手を参加させ、何度も相談して直してもらえば、最後はYESと言ってもらえる(僕は通したいプロジェクトで必ずやります)- メンツを守る ── 相手の価値観に提案を合わせる。面接で相手企業の理念を自分の言葉で語る、相手のロゴを入れた提案書を持っていく、など

C:Communication(コミュニケーション) ── 「ごめんなさいは結果的に安上がり」。お詫び、笑顔の握手、食事の誘いといった行為そのものが、何かを伝えるコミュニケーションになります。うまくいかない原因は3つ:必要とされていないときに話す、相手が聞く耳を持っていないのに話す、誤解される。だから——

– まず聞くことを一番に ── 反論する前に「こういうことですか?」と聞き返す(確認は同意とは違う)- 交渉する人数を減らす ── 大きな決断は二人一室のほうが決まりやすい。決定権者と直接話す- 相手を責めず、自分の気持ちを言う ── 「約束を破っただろう」はNG、「私はとても残念です」はOK

I:Interest ── 興味に集中する

PICOのIは、4要素の中でも特に大事です。立場ではなく、その裏にある「興味(なぜそれを望むのか)」に集中する。

有名な例。図書館で、窓を開けたい人と閉めたい人が争っている。半分開ける、では両方とも不満。そこで職員が「なぜ開けたいの?」と聞くと「新鮮な空気を入れたい」、「なぜ閉めたいの?」と聞くと「隙間風が嫌だ」。職員は隣の部屋の窓を大きく開けた。これで換気も隙間風も同時に解決。「なぜ?」を聞かないと、共通の解決策は見つからないのです。

オレンジの取り合いも同じ。1個のオレンジをどう半分こするかで揉めるけれど、一方は実を食べたい、もう一方は皮でジャムを作りたいなら、「皮はどうぞ、私は中身を」で両方満たせる。お金が興味だと思われがちですが、人の基本的な興味は他にもある——安定、経済的豊かさ、帰属意識、認められること、人生を自分でコントロールできること。先入観を捨てて「なぜそれを?」と聞いてみることです。

C:Criteria ── 客観的な基準で主張する

PICOのCは、判断基準(クライテリア)。外資系でよく使う言葉です。個人的な考えで「絶対こうだ」と決めると、お互い譲れず話がまとまりません。

たとえば建物の基礎の深さで、「絶対3メートル必要」と言い合っても進まない。でも「法令の基準が3メートル」「この地域の平均は4メートル」と客観的な数値を示せば、話が建設的になる。圧力に屈さず、原理原則(客観的な基準)に忠実に主張する。これがCriteriaです。

O:Options ── 選択肢を広げて、ピザを大きくする

PICOのOは、選択肢を広げること。陥りやすい3つの罠があります。①唯一の正解を探そうとする、②分けるピザの大きさが決まっていると思い込む、③「相手の問題は相手が解決すべき」と決めつける。

そうではなく、分けるピザそのものを大きくできないかを考える。共通の興味を見つけ、「今後どんな機会で相互利益を生めるか」「フェアな取引でお互い尊敬できる関係を築けるか」まで視野に入れる。すると、限られたパイの奪い合いから抜け出せます。

この4要素を実際の交渉でどう使うかは、家賃を半額にした実践編で見られます。

ハード・ソフト・最強 ── 3タイプのネゴシエーター

最後に、交渉者には3タイプあります。違いを表で押さえてください。

| 観点 | ハード型 | ソフト型 | スタバード最強型 ||—|—|—|—|| 相手は | 敵 | 友達 | 一緒に問題を解決する人 || ゴールは | 勝利 | 合意 | 効率の良い結果 || 譲歩 | 力を示すため要求する | 関係構築のため自分が譲る | お互いに譲歩を要求する || 相手を | 信用しない | 信頼する | 個人の信用を増やす || 提案 | 脅威で屈服させる | 提案する | 興味を探す || ボトムライン | 誤解させる | 開示する | そもそも持たない(BATNAがあるから) || 主張 | 立場を主張 | 合意を主張 | 客観的な情報に基づき主張 || 勝ち負け | 一方的な利益を要求 | 一方的な負けを受け入れる | ピザを大きくする |

目指すのは右端の「最強型」です。相手を敵でも友達でもなく「一緒に問題を解決する人」と捉える。ゴールは勝利でも一方的な合意でもなく「効率の良い結果」。そして決定的なのが、ボトムラインを持たないこと。交渉が決裂しても他を探せばいい(=BATNAがある)から、一点に固執せず、自由に交渉できる。

相手がハードネゴシエーターでも大丈夫

「相手が強気でマウンティングしてきたら?」と不安になるかもしれません。でも大丈夫。ハード型は力(パワー)を使うことしか考えていないので、こちらが冷静にPICO・ETCで対応すればいい。相手も人ですから興味を聞き出し(Interest)、「新聞にこう書いてあります、客観的なデータで話しましょう」と客観基準(Criteria)に持ち込む。すると必ずボロが出て、最後は「ありがとうございます」とまとまります。相手がどう出るかは関係ない。こちらが常に最強型で対応すれば、合意は得られやすいのです。

相手の文化が違うと交渉も変わります。クロスカルチャーの記事もあわせて。

まとめ

今回の交渉術の基本を整理します。

– ありがちな決裂は「価格・立場の奪い合い」。まずBATNA(決裂時の代替案)とZOPA(合意できる範囲)を意識する- 相手にYESと言わせる4要素=PICO(People・Interest・Criteria・Options)- 関係構築の3要素=ETC(Emotion・Thinking・Communication)- 特に大事なのはInterest(立場でなく興味を聞く)とOptions(ピザを大きくする)- 目指すはスタバード最強型:相手を「一緒に問題を解決する人」と捉え、ボトムラインを持たず、客観基準で主張する

理屈はこれで一通りそろいました。とはいえ、フレームワークは使えてこそ。次回は、この PICO・ETC を実際に使って、僕が「家賃を倍にしたい」と言ってきた相手から、逆に家賃を半額にした交渉を、一幕ずつ解説します。理論がどう現実の交渉で効くのか、ぜひ続けて読んでみてください。


この記事は、僕が主宰するオンライン講座「スタバード」のネゴシエーション講義の内容をもとに書いています。MBAやハーバードで学んだ経営の核を、日本語でやさしく届けるために、「MBAに行かない人のための無料メール講座」をやっています。興味があれば、のぞいてみてください。

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