結論から言います。差別化は、狭くて深いターゲット選定から生まれます。 多くの人に広く受けようとすると、かえって強みが薄まり、何の特徴もない製品になる。逆に、特定の誰かに深く刺さる一点を作れば、そこから差別化が立ち上がる。今回は、この「槍(スピア)」の発想を学びます。新しい事業や商品で「他社とどう違いを出すか」に悩む人に、特に効く話です。
一見華やかな市場が、実はレッドオーシャン
題材は活動量計(フィットネストラッカー)のFitbitです。腕につけて歩数や心拍を測る、あのデバイス。今っぽくて華やかな市場に見えますよね。でも実は、これがかなり厳しいレッドオーシャン(競争の激しい市場)なのです。
プレイヤーを挙げると、Apple Watch、Microsoft Band、Garmin、Jawbone、Polar…と多数。そして実際、Microsoft Bandは2019年にサポート終了、デザインと機能で一世を風靡したJawboneは2017年に破産しました。華やかに見えて、勝ち抜くのは難しい。種類が多いぶん、「どこで差別化するか」がとても難しい市場なのです。
スプレーか、スピアか ── 2つのアプローチ
差別化を考えるとき、2つのアプローチがあります。
スプレー(霧吹き)アプローチ ── いわゆる全方位戦略。広く薄く、たくさんの製品でたくさんのユーザーを狙う。利点は大きな市場を狙えること。でも欠点は、強みが薄まり、開発費もかさむこと。たくさんの種類を持たねばならず、結局どれも中途半端になりがち。これでは差別化が難しい。Fitbitは多くの製品を持つこのタイプに近い。
スピア(槍)アプローチ ── その逆で、一点突破型。特定のセグメントに深く刺さるようにアプローチする。槍のように尖らせて、ザクッと刺す。差別化と言えば、この槍を思い出してください。
利点は、差別化によってブランディングが明確になること。欠点は、マーケットが限られること。だから、その狭いセグメントに深く刺さり、そこをしっかり掴む必要がある(そこに規模の経済が成り立つかがポイント)。それでも、差別化するには、特定セグメントに深く刺さるこのアプローチが重要です。
狭く深く刺すには、何を捨てるかの判断が要ります。これはIKEAのトレードオフ発想とも通じます。
活動量計なら、どこに「深く刺す」か
Fitbitの市場で、スピアアプローチを考えてみましょう。広く一般向けに売るのではなく、特定の誰かに深く刺さる機能を狙う。たとえば——
– アスリート向け ── すごい精度で測れる、競技に特化した機能を持つモデル- 生活習慣病の患者向け ── メディカルデバイスとしての機能(Apple Watchは後に心拍計を搭載しましたが、こうした特殊機能は、その患者にとって非常に価値が高い)
万人向けの「そこそこ便利な活動量計」ではなく、特定の人にとって「これしかない」と思える一点を作る。それがスピアアプローチです。
ナイキの「マーケットピラミッド」
この「深く刺してから広げる」を体現するのが、ナイキのマーケットピラミッドです。
ナイキは靴の市場をピラミッドとして見ています。頂点にトップアスリート向け、そこから下に向かって一般ユーザーへと広がる。数(ボリューム)は下にいくほど増え、値段は上(アスリート向け)ほど高い。
ナイキはまず、頂点のトップアスリートに深く刺さる製品を作る。そしてそれが、ピラミッドを下に降りるように一般層へと広がっていく。トップに刺さったものが、憧れとともに大衆へ降りてくるわけです。
その威力は数字に表れています。2020年の箱根駅伝——日本の長距離ランナーの頂点と言える大会——で、なんと84.3%の選手がナイキの厚底シューズ(ズームヴェイパーフライ)を履いていました。トップアスリートに深く刺さったものが、これだけのシェアを生む。「自分はそんなに速くないのに、つい同じシューズを買ってしまう」——ピラミッドが下に降りる、とはこういうことです。
なぜ「広く狙う」と失敗するのか
ここまでをまとめると、差別化の本質はこうです。万人に受けようとすると、誰の心にも深く刺さらない。強みがぼやけ、ブランドが曖昧になり、結局は価格でしか勝負できなくなる(価格競争は最も消耗する戦いです)。
逆に、狭くても深く刺さる一点があれば、そこに熱心なファンが生まれ、ブランドが明確になり、そこを起点に広がっていく余地も出てくる。だからこそ、まず「誰に、何を、深く刺すか」を絞ることが、差別化の出発点になります。
差別化の土台にある優位性の考え方は、WTPとバリューチェーンの記事で。
まとめ
差別化=スピアアプローチを整理します。
– 差別化は、狭くて深いターゲット選定から生まれる– 華やかに見える市場(活動量計)も、実はレッドオーシャン(Microsoft・Jawboneは撤退・破産)- スプレー(全方位)は強みが薄まる。スピア(槍=一点突破)で特定セグメントに深く刺す- スピアの利点はブランディングが明確になること。欠点はマーケットが限られること- ナイキのマーケットピラミッド:トップアスリートに深く刺し、それが一般層へ降りる(箱根駅伝で84.3%)- 万人を狙うと誰にも刺さらない。まず「誰に何を深く刺すか」を絞る
あなたの商品やサービスが埋もれているとしたら、ターゲットを広げすぎていないか疑ってみてください。むしろ思い切って狭く絞り、その人に「これしかない」と思わせる一点を作る。差別化は、広げることではなく、尖らせることから始まります。
これはマーケティング8つのテーマの4つ目(差別化)です。残るテーマ——顧客フィードバック、トレードオフ、データとAI、プラットフォーム——も順に見ていきます。
この記事は、僕が主宰するオンライン講座「スタバード」のマーケティング講義の内容をもとに書いています。MBAやハーバードで学んだ経営の核を、日本語でやさしく届けるために、「MBAに行かない人のための無料メール講座」をやっています。興味があれば、のぞいてみてください。
