結論から言います。ビジネスでお金を投じる判断は、勘でやってはいけません。 AとB、二つの案件のどちらが得かは、ちゃんと計算で出せます。そのとき使う指標が、NPV(正味現在価値)、IRR(内部収益率)、そして回収期間です。この3つを計算できるようになれば、自分の事業計画も、人のピッチも、「で、結局いくら儲かるの?」が読み解けるようになります。
僕はファイナンスの中でも、この計算がいちばん好きです。MBA時代に作ったTシャツの肩に、わざわざ「NPV」と刺繍を入れたくらいです。それくらい大事な、しかも一度わかればずっと使える道具なので、ここでは計算例まで残して丁寧にやります。
まず大前提 ── お金には「時間の価値」がある
ファイナンスのすべての出発点はここです。今日の1万円と、1年後の1万円は、価値が違う。
たとえば、年利20%で運用できる「スタバード銀行」があったとします。今の1万円を預けると、
– 1年後 ── 1万円 × 1.2 = 1万2,000円– 2年後 ── 1万2,000円 × 1.2 = 1万4,400円
になります。2年後の400円を落とさないでくださいね。1万4,000円ではなく、1万4,400円です。1万円が1万2,000円になり、その1万2,000円がさらに1.2倍になる。これが複利の考え方です。同じ調子で10年運用すれば、1万円は6万1,917円にまでなります。
ここから、経営でとても大事な結論が出てきます。現金は手元に置きっぱなしにしてはいけない。 もちろん事業を回すのに必要な分は残さないと潰れますが、必要のないお金は積極的に投資して利回りを作る。売れて入ってきたお金をまた仕入れに回し、それがまた利益を生む。このループを回すから利益が増えていくわけです。
そしてファイナンスの面白いところは、この計算を逆向きにも使うことです。10年後の6万1,917円は、年利20%の世界では「今の1万円」と同じ価値だ、と言える。未来の価値を今の価値に「割り戻す」。僕はこれを、未来と今を行き来する時空トンネルだと思っています。バック・トゥ・ザ・フューチャーならぬ、バック・トゥ・ザ・プレゼント。未来のお金を現在に戻してくるのが、ファイナンスの一番のテーマです。
なぜ国債の利回りを基準にするのか
割り戻すときの「利率」をどう決めるか。その基準になるのが国債の利回り、いわゆるリスクフリーレートです。
なぜ国債かというと、考え方はシンプルです。日本という国と、一つの企業。どちらが先に潰れるかといえば、たいていは企業のほうが先です。つまり企業に投資するほうが国債よりリスクが高い。だから企業に投資して得られるリターンは、国債の利回りより高くないと割に合わない。これがファイナンスの基本骨格です。
実際、国債の利回りは信用力の順に並びます。ある時点の10年国債を見ると、ドイツがマイナス0.21%、日本が0.09%、アメリカが1.62%、そしてトルコは17.71%もありました。トルコが極端に高いのは、それだけ「デフォルト(債務不履行)するかもしれない」というリスクを織り込まないと買ってもらえないからです。リスクが高いほどリターンも高い。リスクとリターンは比例する。この一点だけでも、頭に入れておくと世界の見え方が変わります。
本題 ── AとB、どちらの投資案件を選ぶか
では、具体例でいきましょう。初期投資はどちらも同じ条件で、次の2案があるとします。
案A:今1万円を投資すると、5年後にまとめて10万円になって返ってくる(差し引きの儲けは9万円)。
案B:今1万円を投資すると、1年後に4万円、2年後に3万円、3年後に1万円、4年後に5,000円、5年後に5,000円が返ってくる(合計8万円、差し引きの儲けは8万円)。
合計額だけ見ると、Aは9万円、Bは8万円。だからAのほうが得に見えます。でも、本当にそうでしょうか。Bは早い時期に大きなお金が返ってくる。その「早く返ってくる」ことの価値を、合計額は無視しています。これを正しく比べる道具が、NPVです。
指標1:NPV(正味現在価値)── 規模を見る
NPVは、投資が生み出す将来の利益を、すべて「今の価値」に割り戻して合計し、そこから初期投資を引いたものです。ファイナンスといえばNPV、というくらい代表的な指標です。
ここでは割引率を5%と仮定して計算します(本来この5%をどう決めるかが次の論点ですが、それは後述します)。
案Aの計算
5年後の10万円を、5%で1年ずつ割り戻していきます。
– 5%で1回割り戻す → 95,238円- もう1回 → 90,703円- もう1回 → 86,304円- もう1回 → 82,270円- 5回割り戻す → 78,353円
つまり「5年後の10万円」は、今の価値に直すと78,353円。逆に言えば、今78,353円を持っていて年5%で回せば、5年後にちょうど10万円になります。ここから初期投資1万円を引いて、
案AのNPV = 78,353円 − 10,000円 = 68,353円
案Bの計算
Bは毎年バラバラに返ってくるので、一つずつ割り戻して足します。
– 1年後の4万円を5%で1回割り戻す → 38,095円- 2年後の3万円を5%で2回割り戻す → 27,211円- 3年後の1万円を3回割り戻す → …- 4年後・5年後の5,000円ずつも同様に割り戻す
これらをすべて足して初期投資1万円を引くと、
案BのNPV = 71,976円
結論:NPVで見ると、A(68,353円)よりB(71,976円)のほうが大きい。だからBを選ぶ。
合計額ではAが上に見えたのに、現在価値に直すとBが勝つ。早く返ってくるお金は、それだけ早く再投資できるぶん価値が高い。これが「お金の時間価値」を計算に入れるということです。
なお、ExcelにはそのままNPVを計算する関数(`NPV`)があります。手で電卓を叩く必要はなく、キャッシュフローを並べて関数を入れれば出ます。
指標2:IRR(内部収益率)── 効率を見る
次がIRRです。これは「NPVがちょうどゼロになる割引率」のこと。言い換えると、その投資が年あたり何%で回っているかという利回りです。
先ほどの2案で計算すると、
– 案AのIRR = 58.49%(毎年58.49%ずつ増えれば、1万円が5年で10万円になる)- 案BのIRR = 369.1%
NPVではAとBが7万円前後と肉薄していたのに、IRRでは桁違いの差がつきました。なぜか。Bは1年後に投資額の4倍が返ってくる。ほとんど初年度で稼ぎ切っている。先に多くの利益が出る案件ほど、IRRは高くなるのです。
IRRもExcelで逆算できます。「データ」タブのソルバー機能を使い、NPVのセルを0に設定して割引率を解かせると、58.49%といった値が自動で出ます。この後のポートフォリオの回でも使うので、慣れておくと便利です。
指標3:回収期間(ペイバックピリオド)── 何年で元が取れるか
3つ目はシンプルです。投資した金額が、何年で回収できるかを見ます。
たとえば20万円を投資して、毎年7万・6万・5万・2万・1万…と返ってくるなら、累積で
– 1年目:7万(累計7万)- 2年目:+6万(累計13万)- 3年目:+5万(累計18万)- 4年目:+2万(累計20万)
ちょうど4年目で20万に到達。回収期間は4年です。途中の年で半分だけ超える場合は、3.5年というように小数でも表せます。
NPVとIRR、どちらを使うのか
両方出すのが基本ですが、使い分けの目安はこうです。
一つのプロジェクトに投資する場合で、使えるお金に幅があるとき → NPVで「規模」を重視。 これは何億円、何十億円のプロジェクトなのかという大きさが分かります。
複数のプロジェクトに投資する場合で、使えるお金に限りがあるとき → IRRで「効率」を重視。 効率の高い案件のほうが、限られた資金からより多くのお金を生みます。
規模を見たいならNPV、効率を見たいならIRR。計算の元は同じですが、見せている角度が違う、と覚えてください。
一歩進んで ── 数字に表れない「定性評価」も忘れない
ここまでのNPV・IRR・回収期間は、すべて数字で表せる定量評価(Quantitative)です。実務でプロジェクトを並べて選ぶときは、ABCと案を並べ、それぞれのNPV・IRR・回収期間を表にして比較します。
ただし、判断はそれだけでは終わりません。数字に表れない定性評価(Qualitative)もあります。たとえば「その案件が会社の戦略に沿っているか」「実行の難しさはどうか」。こういう、言葉でしか表せない要素にも点をつけて、定量と定性の両面で決める。これが本当の投資判断です。
この現在価値の考え方は、会社そのものの値付けにも使います。M&Aの企業価値の記事へ。
さいごに ── この5%はどこから来るのか
最後に、賢い人ほど引っかかる点を残しておきます。今回の計算で使った割引率「5%」、これは仮に置いた数字です。本当はこの割引率こそが投資判断の精度を決めます。
ではこの率をどう決めるのか。それが次の論点、WACC(資本コスト)です。企業がお金を「借りる」コストと「株主に配当する」コストを加重平均して、自社にとって妥当な割引率を導く。さらにその割引率を下げると、企業価値そのものが上がる、という面白い話につながっていきます。それはまた別の機会に。
まずはここまで。お金には時間の価値があること、そして将来のお金を現在に割り戻して比べること。この感覚さえ掴めば、ファイナンスの入り口はもう抜けています。
この記事は、僕が主宰するオンライン講座「スタバード」のコーポレートファイナンス講義の内容をもとに書いています。MBAやハーバードで学んだ経営の核を、日本語でやさしく届けるために、「MBAに行かない人のための無料メール講座」をやっています。興味があれば、のぞいてみてください。
ところで割引率の「5%」はどこから来るのか。その答えはWACC・MM理論・CAPMの記事にあります。