結論から言います。起業でいちばん危ないのは、会社を作った直後ではなく、その少し先にある「キャッシュフローの谷」です。 事業はたいてい、すぐには黒字になりません。最初は赤字が続き、現金がどんどん減っていく。この谷を越えられるかどうかが、起業の成否を分けます。そして谷を越える鍵が、今回いちばん覚えてほしい言葉「POC(概念実証)」です。
「いつか自分の会社を起こしてみたい」。そう思ったことがある人に向けて、今回は起業の全体像——会社を作る手続きから、お金がどう動き、どう資金を集めるか——を、一気に見ていきます。
会社を作るのは、実は難しくない
まず手続きの話から。会社といっても種類はいろいろあります。株式会社、NPO(非営利活動法人)、一般社団法人、合同会社など。業態に合ったものを選べばいいのですが、多くの人がイメージする株式会社は、25万円程度で設立できます。
ただし、作った後にコストがかかります。株式会社には「法人税均等割」というものがあり、赤字でも年間7万円は必ず取られます。これが逃げられない最低限のランニングコストです。
会社設立の流れはこうです。①事業計画を作る → ②共同創業者を集める(一人でも可) → ③資金調達する → ④定款(会社のルール)を作って認証してもらう → ⑤登記して完了。この作業自体は2週間ほどででき、そんなに難しくありません。本当に大変なのは、作った後です。
会社が大きくなる道のり:シードからIPOまで
会社を作ってからの成長は、ステージで呼び分けられます。
– シードステージ ── 会社ができたばかりの段階。評価額はだいたい1億円(特に理由はなく、だいたいこの額から始まります)- シリーズA ── だいたい10億円- シリーズB ── だいたい30億円- シリーズC ── だいたい60億円
「シリーズ」と呼ぶのは、A・B・Cと連なって会社が大きくなっていくからです。そして最終的な出口(EXIT)が2つあります。ひとつはバイアウト(他社への売却。シリーズAの段階なら5億〜30億円など)、もうひとつはIPO(株式上場。評価額100億〜300億円規模で市場から資金を調達)。これが、創業から出口までのおおまかな道のりです。
最大の難所:創業期のキャッシュフローの谷
ここからが本題です。創業してから、お金はどう動くのか。
事業はいきなり黒字になることは珍しく、最初は赤字が続きます。現金がどんどん減っていき、グラフにすると深く沈む。やがて利益が上がってきて、収支がトントンになり、黒字に転じる。この「谷の底」がいちばん苦しいところで、だいたいシードとシリーズAの間に訪れます。
ここを越えられずに、現金が尽きて倒産する会社が山ほどある。逆にここさえ越えれば、成長ステージ(シリーズB・C、そしてIPO)に乗っていけます。起業とは、この谷をどう渡りきるかの勝負なのです。
今回の核心:POC(概念実証)が回ると、価値が跳ねる
では、その谷を越えるとはどういうことか。鍵になるのがPOC(ピーオーシー)です。Proof of Concept、日本語で「概念実証」。意味はこうです。
> 自分が考えたアイデアが、実際に動いてお金を生み出すことを証明すること。
頭の中のビジネスモデルが、現実にお金を稼ぐと実証する。これがPOCです。そして決定的なのは——POCが回った瞬間、企業価値がグンと跳ね上がるということ。
それまでは、どれだけ立派なアイデアでも価値はあまり大きくありません。「概念があって、それを事業にして、実際にお金が回り始めた」と証明できたとき、はじめて価値が大きく動く。だからベンチャーキャピタルの人は、いつも「POC回ってるの?」と聞きます。回っているかどうかが、その会社が谷の底を抜けたかどうかの目印だからです。
だから資金調達が大事:深い谷を渡る燃料
ここで、資金調達の本当の意味が見えてきます。
さきほどの「谷の底」を通り抜けるには、燃料(お金)が要ります。資金を多く集められれば、それだけ深い谷の底をくぐっても生き延びられる。 つまり、POCを成功させる確率が上がる。逆に、十分なお金を集められないと、すぐに赤字で行き詰まり、POCにたどり着く前に倒産してしまう。
だから資金調達は、単なるお金集めではなく、POCという谷を渡りきるための生命線なのです。
資金を集める3つの書類
では、どうやって資金を集めるか。場面に応じて使う書類が3つあります。
1. ホワイトペーパー(通称:1枚ペラ) ── A4裏表1枚に事業を簡単にまとめたもの。「とりあえず1枚ください」と言われたら、これを出します。会社を作ったばかりの段階で、まず相手に渡す入り口の資料です。
2. ピッチデッキ ── パワーポイントで15枚ほどの、投資家向けプレゼン資料。ホワイトペーパーで興味を持たれ、「ぜひピッチイベントに登壇を」となったら、これを作ります。資金調達の主役となる書類で、次回詳しく扱います。
3. 事業計画書 ── パワーポイントで40〜100枚。創業者の頭の中のすべてを書き出したもの。これはピッチイベントには出しません(分量が多すぎる)。自分のための、あるいは内部共有のための設計図です。
順番としては、まずホワイトペーパーで入口を開き、ピッチデッキで投資家を口説き、事業計画書で全体を設計する。この3つを使い分けます。
資金を集める書類の中心が、ピッチデッキの作り方の記事です。
補足:起業は「全部の集大成」
最後に、大事な視点を一つ。起業は、これまで学んできた経営の知識を全部使う集大成です。
事業計画には戦略論(自社の強みは何か)が要る。マーケティングで市場と顧客を捉える。資金計画ではPL・BS・キャッシュフローという財務三表を並べ、企業価値を出すときには前に学んだDCF法やマルチプル法、PER(株価収益率)を使う。創業期の谷を見通すには、フリーキャッシュフローの管理が効く。
つまり、起業を考えることは、経営のあらゆる要素を一つにまとめて使うことなんです。だからこそ、一つひとつの知識が腹に落ちていると、ピッチも事業計画もぐっと説得力が増します。
POCが回ると価値が跳ねる――その「価値」の測り方はM&Aの企業価値の記事で。
まとめ
今回の起業の全体像を整理します。
– 会社設立自体は簡単(株式会社は約25万円、2週間ほど)。ただし赤字でも年7万円のコストがかかる- 成長はシード(1億円)→シリーズA(10億)→B(30億)→C(60億)→EXIT(バイアウト/IPO)- 最大の難所は創業期のキャッシュフローの谷(シードとシリーズAの間)- 谷を越える鍵はPOC(概念実証)。アイデアが実際にお金を生むと証明できると、企業価値が跳ねる- 資金調達は、その谷を渡りきるための燃料。多く集めるほどPOC成功の確率が上がる- 資金を集める3書類:ホワイトペーパー(1枚)・ピッチデッキ(15枚)・事業計画書(40〜100枚)- 起業は、戦略・マーケ・財務など学んできたこと全部の集大成
会社を作ること自体はゴールではなく、スタートですらありません。本当の勝負は、POCという谷を渡りきること。そのための燃料を集める手段が、次回お話しする「ピッチデッキ」です。投資家にYESと言わせる15項目と3つの鉄則を、具体的に見ていきましょう。
この記事は、僕が主宰するオンライン講座「スタバード」のアントレプレナー(起業)講義の内容をもとに書いています。MBAやハーバードで学んだ経営の核を、日本語でやさしく届けるために、「MBAに行かない人のための無料メール講座」をやっています。興味があれば、のぞいてみてください。
起業はMBAの「全部の集大成」です。学んだことの全体像はMBAエッセンス総まとめで一望できます。
