結論から言います。会社は黒字でも倒産します。 利益が出ていても、支払うお金が手元になくなれば潰れる。だから経営者が本当に見るべきは、損益計算書の利益ではなく、最後に手元に残る現金——フリーキャッシュフローです。そして、その現金が会社の中をどれだけ速く回っているかを一つの数字で捉えるのが、キャッシュコンバージョンサイクル(CCC)です。
前回、レシオで会社の健康状態を読む方法を学びました。今回はそれを一歩進めて、会社を「コントロールする」側に立ちます。財務管理(経理・財務がやっている、法令遵守・債権管理・与信管理・資金管理・為替管理など)は、何のためにあるのか。突き詰めると2つです。将来のキャッシュの安全性を確保すること、そして企業価値を高めること。 この2つを、FCFとCCCという道具で実現します。
フリーキャッシュフローとは ── 最後に残るお金
フリーキャッシュフロー(FCF)とは、債権者と株主に分配できる、最後に残ったお金のことです。「フリー」がつくのは、ただのキャッシュフローではなく、自由に使える(分配できる)お金だから。言葉はよく聞くけれど中身を説明できる人は少ない、という代表格です。
計算式はこうです。
> FCF = 営業利益 ×(1 − 税率)+ 減価償却 − 運転資金の増減 − 設備投資
一気に見ると難しいので、一つずつ分解します。
1. 売上から原価を引くと営業利益(EBIT)が出る2. これに `×(1 − 税率)` で税引き後の営業利益にする3. 減価償却を足し戻す ── 減価償却はコストに計上されているが、実際に現金は出ていかない。だから足し戻して「実際に残っている現金」に直す4. 運転資金の増減を引く ── 運転資金(流動資産 − 流動負債)は、売上が増えれば増える。その分、現金は手元から出ていく5. 設備投資を引く ── これは現金がそのまま出ていく
1〜3はPL(損益計算書)から、4〜5はBS(バランスシート)から持ってくる。PLとBSの両方を使うのがFCFの特徴です。
なぜ「無借金」で計算するのか
FCFの細かいけれど大事なポイントを一つ。FCFは利子を入れずに(無借金を仮定して)計算します。
なぜか。税引き後の営業利益から利子を引いたものが当期純利益ですが、FCFではこの利子を足し戻す(=利子を考えない)。これは、ファイナンスでは「事業そのものが生む現金」と「それを負債で調達するか資本で調達するか」を分けて考えるからです。資金調達の話は、前に学んだWACC(割引率)のほうで効いてくる。だからFCFの段階では、いったん借金がない状態で純粋に事業の現金創出力を見る。「FCFには利子を入れない」、これだけ頭の隅に置いてください。
現金を増やす3つの方法
会社のゴールは儲けること。儲けるとは、FCF(手元に残る現金)を増やすことです。そして現金を増やす方法は、突き詰めると3つしかありません。
1. 在庫を減らす ── 在庫はお金が形を変えて眠っている状態。減らせば現金が増える2. 債権を早く回収する ── 売掛金を早く現金化する3. 債務の支払いを遅らせる ── 払うべきお金を(正当な範囲で)後ろ倒しにすれば、その間は現金が手元に残る
(これに「利益をたくさん出す」が加わります。)この3つが、次のCCCの考え方にそのままつながります。
キャッシュの循環 ── 製造業では210日かかる
会社の中で、現金はぐるぐる回っています。製造業で見てみましょう。
0日目に資金を入れる → 原材料・梱包材・消耗品を仕入れる → 製造工程(30〜60日)→ 完成して在庫になる → 販売・出荷して売掛金になる → 売掛金を回収(さらに60〜90日後)→ ようやく現金が銀行に戻る。
このサイクル、最終的に現金が戻るまで約210日かかります。仕入れて、作って、在庫に置いて、売れて、回収して、ようやく現金に戻る。これをぐるぐる繰り返している。このサイクルを速く回せば、それだけ多くの現金が入ってくるわけです。
この現金の循環日数を縮める実務は、在庫を制するオペレーションの記事で具体的に学べます。
キャッシュコンバージョンサイクル(CCC)── 1つの数字で経営がわかる
そのサイクルの速さを日数で表したのが、CCC(キャッシュコンバージョンサイクル)です。企業が資金を回収する効率のスピードを示す指標で、計算式はこうです。
> CCC = 在庫がある日数 + 債権を回収するまでの日数 − 債務を支払うまでの日数
さきほどの「現金を増やす3つの方法」がそのまま入っているのが分かりますか。在庫の日数が短いほど速い。債権回収が早いほど速い。そして債務の支払いは遅いほどよいので、引き算になっている。3つのレシオ(在庫回転日数・債権回収日数・債務支払日数)を日数に直して足し引きするだけです。
【演習】 トヨタの2013年の数字で計算してみましょう。債権回収日数(AR)=109日、在庫日数=32日、債務支払日数(AP)=42日。CCCは何日?
> CCC = 在庫32 + 債権回収109 − 債務支払42 = 99日
(この計算は、ハーバードのAMPでも実際にやります。)
なぜCCCが「最強の1指標」なのか
ここが今回いちばん伝えたいところです。CCCだけ見ておけば、経営がうまくいっているかすぐにわかります。
僕は自分の会社で、CCCを毎月モニターしています。グラフにすると、ときどき数値がビヨンと跳ね上がる月がある。「なぜだろう」と中を見ると、売上がガクッと落ち、在庫が増え、債権回収日数が伸びている。先月100日だったのが、いきなり150日になっていたりする。インパクトは絶大です。
つまり、売上が落ちた・在庫が増えた・資金回収が滞った、こうした問題がすべてCCCという1つの数字に表れる。 58個のレシオを一つずつ見なくても、まずCCCを見れば「あれ、何か増えてきたな」と異変に気づける。そこから個別のレシオを見に行けばいい。一つの数字で経営の効率を捕まえられる、よくできた指標です。
なお、「CCCは何日が良いのか」という基準は、実はありません。業態によってまるで違うからです(債務をなかなか払わずに済むのは、購買力=バイングパワーが強い企業だけ、という事情もあります)。だから絶対値ではなく、ある時点から良くなっているか・悪くなっているかという変化で見るのが正解です。
FCFと企業価値はつながっている
最後に、FCFがなぜ決定的に重要なのかを、もう一段深いところで。
企業は黒字でも倒産します。利益が出ていても、手元のキャッシュが尽きれば払えなくなって潰れる。だからCCCをコントロールしてキャッシュの循環を健全に保ち、FCFが尽きないようにする。これが「将来のキャッシュの安全性確保」です。
そしてもう一つ。FCFは、M&Aで会社の価値を計算するときに使います。 前にDCF法を学びましたね。あれは将来のフリーキャッシュフローをWACCで割り戻して企業価値を出す手法でした。つまりFCFが豊かな企業ほど、価値が高い。 だから外資系や大企業の経営者は、FCFのマネジメントに本気で取り組む。FCFを増やせば、自動的に企業価値が上がるからです。財務コントロールは、安全性と企業価値を同時に高める営みなのです。
実際の経営では、こんな判断もします。工場を移設すれば借入金が増える。コロナのような不測の事態に備えて、あえて借入を増やして手元現金を厚くしておく。十分なキャッシュがあって事業を回せるように、どれだけの現金を置くか、債務のバランスをどうするかを設計する。でも一番大事なのはFCF。FCFが尽きず、右肩上がりで積み上がっていれば、会社には十分なお金があるということです。
FCFは企業価値の土台です。NPV・IRRの記事やM&Aの企業価値の記事へ進むと、価値の計算までつながります。
補足:正しいコスト削減とは
財務コントロールに関連して、経費の考え方も一つ。売上が苦しいとき、「各現場で費用を一律5%削減してください」という指示は、実は良くない指示です。
なぜなら、本当に必要なコストまで削ると、会社の付加価値そのものが減ってしまうから。売り手側の付加価値は、買い手側のコストとして等価交換される。 コストを下げれば、顧客が払ってもいいと思う金額(WTP=ウィリングネス・トゥ・ペイ)も下がってしまう。結局、売値も下がって意味がない。
正しい指示はこうです。「各現場で、付加価値を生んでいない無駄な費用を削減してください」。どの費用が付加価値を生んでいるかは、戦略論のバリューチェーンで見極められます。自分の戦略に紐づけて、付加価値を生む費用は守り、生まない費用だけを削る。一律カットではなく、メリハリ。これが経営者のコスト管理です。
まとめ
今回の財務コントロールを整理します。
– 会社は黒字でも倒産する。だから利益より、手元に残る現金=FCFを見る- FCF = 営業利益 ×(1−税率)+ 減価償却 − 運転資金の増減 − 設備投資(利子は入れない)- 現金を増やす3つの方法:在庫を減らす・債権を早く回収・債務を遅く払う- CCC = 在庫日数 + 債権回収日数 − 債務支払日数。この1つの数字で経営の効率がわかる– FCFはDCF法で企業価値の計算に使う。FCFが豊かな企業ほど価値が高い– コスト削減は一律カットではなく、付加価値を生まない費用だけを削る
これで、財務分析(前回)から財務コントロール(今回)まで、経営者が数字で会社を動かすための道具がそろいました。さらにこの財務の知識は、NPV・WACC・M&Aといったファイナンスの世界と地続きです。レシオで健康状態を診て、FCFとCCCで現金を管理し、その先で企業価値を最大化する——一本の線でつながっています。
まずはこれだけ覚えてください。明日あなたが会社を任されたら、最初にやるのは「CCCを計算してみる」、そして「FCFを毎月見ていく」。この2つができれば、経営の足元は盤石です。
この記事は、僕が主宰するオンライン講座「スタバード」の財務コントロール講義の内容をもとに書いています。MBAやハーバードで学んだ経営の核を、日本語でやさしく届けるために、「MBAに行かない人のための無料メール講座」をやっています。興味があれば、のぞいてみてください。
