ファイナンス

借金を増やすと、なぜ会社の価値が上がるのか ── WACC・MM理論・CAPM

結論から言います。会社は、適度に借金をしているほうが価値が高くなります。 直感に反するかもしれません。借金は少ないほうが健全そうに見えますよね。でも、ファイナンスの世界ではそうではない。その理由を説明する道具が、MM理論、WACC(ワック)、そしてCAPM(キャップエム)です。

前回、投資判断のNPV(正味現在価値)を計算したとき、将来のお金を「割引率5%」で現在に割り戻しました。あの5%を仮置きのまま残していましたよね。今回はその割引率の正体に迫ります。これが分かると、経営者が「何もしていないのに会社の価値を上げる」という、ちょっとした魔法のような話までつながっていきます。

まず:返すときには「順番」がある

会社が倒産したとき、お金は決まった順番で返されます。まず担保付き社債、次に無担保社債、次に優先株、最後に普通株。この並び順が、そのままリスクの順番です。

後ろにいる人ほど、手元に残るお金が少なくなって、最悪ゼロになる。普通株を買って投資した人は、会社が潰れれば紙くずになることもある。つまりいちばんハイリスクです。だから、その分だけ高いリターン(配当)をもらえないと割に合わない。

ここから一つの大原則が出ます。株主への配当の率(RE)は、借入の利子の率(RD)より、必ず高い。 リスクを多く負う人ほど高いリターンを要求する。当たり前のようでいて、この順番がWACCの理解の土台になります。

MM理論 ── 税金がある世界では、借金した会社のほうが価値が高い

ここで登場するのがMM理論です(フランコ・モディリアーニとマートン・ミラーの頭文字。ノーベル経済学賞の理論です)。

ポイントはこうです。税金のない「完全市場」では、借金してもしなくても企業価値は変わらない。ところが、法人税が存在する現実の世界(不完全市場)では、負債を持つ企業のほうが企業価値が高くなる。

なぜか。鍵は「利子はコスト(費用)に計上できる」という一点です。借入の利子は経費として落とせるので、その分だけ利益が圧縮され、払う税金が減る。これを節税効果と言います。株主への配当は税引き後の利益から払うので、こうはいきません。だから借金には、配当にはない税制上のうまみがある。これがMM理論の核心です。

WACC(ワック)── 会社全体の「お金のコスト」

では、その「借金のうまみ」を数字でどう捉えるか。そこで使うのがWACCです。Weighted Average Cost of Capital、日本語では加重平均資本コスト。

僕はこれを「ラクダのワック」と呼んでいます。ドバイの砂漠でコーポレートファイナンスの教科書を持ってラクダに聞いてみたら「ワック」と鳴いたので…というのは冗談半分ですが、それくらい覚えてほしい言葉です。

考え方はシンプルです。会社のお金には2つの出どころがあります。借入(負債)と、株主からの出資(資本)。それぞれにコストがかかります。負債には利子、資本には配当です。この2つのコストを、構成比で加重平均したものがWACCです。式にするとこうです。

> WACC = 負債の割合 × 負債コスト × (1 − 税率) + 資本の割合 × 株主資本コスト

注目してほしいのは、負債コストにだけ `(1 − 税率)` が掛かっていること。これがさっきの節税効果です。利子はコストに計上できる分、実質的に安くつく。だから負債を組み込むと、WACC全体が下がるのです。

不思議な現象 ── 借金を増やすとWACCが下がる

ここが面白いところです。負債30%の会社と、負債50%の会社を比べてみましょう。

50%のほうが借入が多いので、利子も配当も合計で多く払っています。リターンの面では確かに高い。それなのに、WACCは50%のほうが小さくなる。

理由はやはり税率です。利子はコストに計上できるので、借入が多いほど節税効果が効き、加重平均が下がる。利子も配当も多く払っているのに、借入が多いほうが「お金の調達コストとしては得」になる。直感に反しますが、これがWACCのマジックです。

なぜWACCを下げると、会社の価値が上がるのか

「WACCが下がって何が嬉しいの?」と思いますよね。ここが今回いちばん大事なところです。

前回のNPVを思い出してください。将来のお金を現在価値に割り戻すとき、割引率で割りました。企業価値を計算するときも、将来のフリーキャッシュフローをWACCで割り引きます。 つまりWACCは「割引率」そのものなのです。

割る数が小さくなれば、答えは大きくなる。だから——

WACCが下がると、企業価値が上がる。

これは経営の実務に直結します。ある会社のCEOに就任したとして、やることは明快です。負債を適切に増やしてレバレッジをかけ、WACCを下げる。そうすると、事業の中身を何も変えなくても、企業の評価額が上がる。

実際、次回扱うM&Aの計算では、WACCを8%から7%に1%下げただけで、ある企業の価値が55億円から72億円へ、17億円も増えました。 たった1%です。自分の会社を高く売りたいとき、WACCを下げる資金調達を設計するだけで、これだけの差が生まれる。数字を知っている経営者と知らない経営者の差は、ここに出ます。

法人税(コーポレートタックス)は経済政策と連動している

WACCの節税効果は税率しだいなので、税率の動きも押さえておく価値があります。

世界の法人税率は、この40年でだいたい40%台から25%前後まで、ずっと下がってきました。アメリカは1980年に50%だったのが、2017年にトランプ政権が大きく引き下げた。日本も1990年頃まで50%だったのが、2010年代前半、アベノミクスの流れで下がりました。法人税は、その時々の経済政策とぴったり連動しているわけです。

ある時点での主要国を並べると、ドイツ29.9%、日本29.74%、アメリカ25%、中国25%、イギリス19%、アイルランド12%、ハンガリー9%。日本はかなり高いほうです。だからこそGAFA(グーグル・アップル・フェイスブック・アマゾン)のような企業は、税率の低いアイルランドなどに本社機能を移し、実効税率を15%台に抑えていた、という話が問題になりました。世界が「法人税の下限を15%に」と合意へ動いたのは、この税逃れを牽制するためです。WACCの裏側には、こうした世界の税の力学があります。

CAPM(キャップエム)── 株主資本コストはこう決める

最後に、WACCの式に出てきた「株主資本コスト」をどう求めるか。ここで使うのがCAPM(キャピタル・アセット・プライシング・モデル)です。これもノーベル賞理論で、ウィリアム・シャープが構築しました。式はこうです。

> ある株のリターン = リスクフリーレート + ベータ × マーケットプレミアム

– リスクフリーレート:国債の利回り(前回出てきた、リスクの基準になる率)- マーケットプレミアム:市場全体(TOPIXなど)の超過リターン- ベータ:その株が市場の動きにどれだけ敏感に反応するか

このベータを理解するのが肝です。ベータは「傾き」だと思ってください。

たとえばTOPIXが10%上がったとき、A社の株が5%しか上がらない。TOPIXが10%下がったとき、A社も5%しか下がらない。この場合、A社のベータは0.5です。市場の半分しか振れない、穏やかな株。

逆に、TOPIXが5%上がったときA社が10%上がるなら、ベータは2。市場の倍も振れる、荒い株です。

ベータが大きいほど市場に対する振れ幅が大きく(リスクが高く)、小さいほど穏やか。この「市場との連動の感度」を一つの数字で表したのがベータで、CAPMはこれを使って個別株のリターンをモデル化します。

ベータが大きければ単純にリターンも高い、とは一概に言えません。あくまで「市場(TOPIX)にどれだけ縛られて振れるか」の感度だからです。この感度の考え方は、次の次に扱うポートフォリオ理論——複数の銘柄を組み合わせてリスクをコントロールする話——で本領を発揮します。CAPMはその土台になる、と覚えておいてください。

CAPMとベータの話は、ポートフォリオ理論の記事へと続きます。また、ここで求めた割引率はNPV・IRRの投資判断でそのまま使います。

まとめ

今回の3点をおさらいします。

ひとつ、MM理論:税金のある現実の世界では、負債を持つ会社のほうが企業価値が高い。利子の節税効果が効くから。

ふたつ、WACC:会社全体の資金調達コスト。負債を増やすとWACCが下がり、WACCが下がると企業価値が上がる。経営者が会社の価値を高める一番の手綱がこれ。

みっつ、CAPM:株主資本コストを求めるモデル。市場との連動の感度「ベータ」が鍵で、次のポートフォリオ理論につながる。

前回の「割引率5%はどこから来るのか」という宿題は、これでWACCという形で回収できました。次は、ここで身につけたWACCを実際に使って、会社の値段(企業価値)を計算する話に進みます。マルチプル法とDCF法、そしてエンジェル投資で100万円が3,000万円になる仕組みまで、一気に見ていきましょう。


この記事は、僕が主宰するオンライン講座「スタバード」のコーポレートファイナンス講義の内容をもとに書いています。MBAやハーバードで学んだ経営の核を、日本語でやさしく届けるために、「MBAに行かない人のための無料メール講座」をやっています。興味があれば、のぞいてみてください。

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