結論から言います。ピッチデッキは「熱意」では通りません。通すのは「データ」です。 「絶対に成功させます」「死ぬ気でやります」——その気持ちは大事ですが、それでお金が入ることはまずありません。投資家を動かすのは、リサーチに裏打ちされた数字と、よく設計された15枚の資料です。
前回、起業の全体像とPOC(概念実証)の壁、そして資金を集める3つの書類をお話ししました。今回はその主役、ピッチデッキを具体的に解説します。正直に言うと、これは僕がいちばん伝えたかった内容です。ピッチイベントに100回以上出て、見たピッチも100以上。その経験から「良いところ」を凝縮して作った構成なので、ぜひ自分のものにしてください。
まず、ピッチデッキ作成の大前提
ピッチデッキは、パワーポイントで15枚ほどの投資家向け資料です。作るうえで、2つの大前提があります。
ひとつ、写真やグラフを使って、見やすく書く。 なぜなら、投資家はこれを5分で理解しなければならないと心得るべきだからです。ベンチャーキャピタルの人は1日に100枚ものデッキを見ます。めくるだけで時間がかかるので、文字をぎっしり書いたら読まれません。写真とグラフでパッと伝える。これが鉄則です。
ふたつ、投資のステージによって内容が変わる。 シード(創業したて)の段階では、まだ実績がないので「強みは何か」に注力する。シリーズA・B・Cでは、これまでの評価額の推移と「誰がいつ、いくら投資したか」が問われます。ただし、全体の骨格はほぼ同じです。
ピッチデッキに必要な15項目
では、15項目を順に見ていきます。ここでは、僕のオンライン講座「スタバード」自体を架空のピッチ案件として例に使います(実際に講義でやった通りです)。あなたが投資家になったつもりで読んでみてください。
1. 表紙 ── 印刷される第一面。ロゴを大きく、目立つように。会社のコーポレートカラーの第一印象になります。
2. 会社概要 ── 創業者、設立年月日、そしてビジョン。「自由なキャリアを描けるよう知識を共有し、日本から世界に羽ばたく人材を育てる」といった、目指す姿を語ります。(ちなみに「スタバード」は Study + Harvard の造語です。)
3. 製品・サービス ── 「○○という課題を解決する製品・サービスです」と紹介。冒頭でコンセプト動画を流すと効果的で、いきなり動画から始まるピッチもたくさんあります。
4. 課題 ── どんな課題を解決するのか。
5. 市場規模 ── ここは投資家が必ず気にする部分。基本はリサーチです。たとえばeラーニング市場なら「26兆4,000億円」といった数字を示す。こうしたデータは検索すれば出てきますし、資料を買わなくてもネットに落ちています。データがない領域は、似た国や類似市場から推測する(フェルミ推定のように)。
6. 競合とのポジション ── ラフでかまいません。市場シェア、売上規模、調達額、簡単な事業説明くらいで十分。投資家は細かくは知らないので、数字で「ここを狙う」と示すほうが伝わります。むしろ競合に資金が集まっていると「市場が活性化している」と映り、出資しやすくなります。「我々が一番手です」はかえって出しにくい。
7. マイルストーン ── 「2020年3月に有料化、第一期生13名、8月に企業向けコンサル開始…」と、これまでとこれからの節目を時系列で。これは投資家向けというより、自分のために効きます。「次に何をすべきか」が明確になり、共同創業者やチームと共有すれば、同じ旅を歩む地図になります。
8〜10. 事業規模・フェーズ ── 上場に向けてフェーズ1〜5でどう拡大するか、各段階で必要な人数や事業内容を示します。
11. ユーザー事例 ── どう顧客を獲得し、どんなプロセスで購入に至ったか。「インスタから視聴→無料講義→有料化、平均年齢35歳」「企業向けは経営者会で知り合い、従業員100名規模の中堅企業、満足度100%」といった具体例を。
12. 顧客獲得方法 ── ターゲット層・売り文句・どうリーチするか。SNS、YouTube、ウェビナー、書籍、メルマガ、人的ネットワーク(経営者の会、同窓会など)。そして「集めた資金をどこに使うか」を色分けして示すと、資金使途が明確になります。
13. ファイナンス(5年計画) ── ここが投資家の興味津々なところ。PL・BS・キャッシュフローの財務三表を並べ、5年分の売上・コスト・利益を試算します。実はピッチで財務三表をきちんと出してくる人は稀で、PLだけのことも多い。だからこそ三表を揃えると「ちゃんとやっている」と一目で伝わります。逆に、PLだけで10年分の壮大な数字を並べると「絶対こんなにいかないでしょう」と突っ込まれます。5年計画でしっかり、が基本です。
14. EXIT戦略 ── 現在の評価額と、何年で何倍になるか。たとえば「現在1億円、5年後にマルチプル法で約104億円、DCF法でも約100億円」と、前に学んだ2つの計算法で示す。両者がほぼ一致すると説得力が増します。
15. 資金使途と必要リソース ── いくら調達し(例:1,000万円)、Web・アプリ開発やマーケティングにどう使うか。さらに「ヒト・モノ・場所」として、株主になってほしい人(例:英語教育プログラムを持つ方、企業研修の代理店、スタジオ運営者)を具体的に挙げます。
倍率の感覚 ── 100倍は「ちょうどいい」、1000倍は「危ない」
EXIT戦略で重要なのが、評価額の「倍率」の感覚です。
シードステージはエンジェル投資の世界。「現在1億円 → 5年後に100倍」くらいを狙わないと、エンジェル投資家は出しにくい。これは強気すぎる数字ではなく、ちょうどいいのです。逆に「1000倍」と書くと「この人、創業をやったことがないのでは」と疑われる。「5億円(5倍)」では弱すぎて、IPOを狙うなら投資が入りません。
そして倍率は、ステージが進むほど下がります。シリーズAでは20倍、Bで10倍、Cで4〜5倍…と、会社が大きくなるにつれ薄まっていく。だからこそ、ふつうの個人投資家がエンジェルやシリーズAで入れるのは一口500万〜1,000万円ほど。シリーズB・C以降は一口が数億円規模になり、大手VCやプライベートエクイティ、投資銀行の世界で、個人はもう入れません。
倍率(マルチプル)の感覚は、会社の値付けを学ぶM&Aの企業価値の記事とつながります。
成功するピッチの3つの鉄則
最後に、15項目を貫く3つの鉄則です。
鉄則1:すべてはリサーチ ── 「その数字、どこから?」「市場規模は?」と必ず聞かれます。答えはリサーチに尽きる。コンサル出身者がピッチに強いのは、リサーチが体に染みついているからです。
鉄則2:熱意より、データで語る ── 「頑張ります」ではお金は入らない。「これだけ投資すれば、こうなる」というグラフを示す。信憑性こそが投資を動かします。
鉄則3:投資家は「人」を見ている ── 見られているのは事業だけではありません。創業者本人、顧問、共同創業者、そして誰が最初に投資したか。有名な投資家、何度も上場に導いた人が出資していると、後続の投資家が安心して並んで入ってくる。みんな石橋を叩いて渡りたいので「あの人が入れているなら大丈夫」と乗っかるのです。むしろ自社より、出資者の顔ぶれが見られていることもあります。
なぜリスクを正直に書くのか
一点、見落としがちな大事なこと。財務計画では「現金が尽きないグラフ」を見せたくなりますが、リスクをきちんと説明できる資料でなければなりません。投資はリターンとリスクが表裏一体。どれだけのリスクがあるかを正直に示せてこそ、信頼されます。隠して良く見せようとすると、かえって突っ込まれて崩れます。
ピッチで集めた資金で何が起きるかは、起業のキャッシュフローとPOCの記事で。
まとめ
ピッチデッキの作り方を整理します。
– 大前提:5分で理解できるよう写真・グラフ中心に。ステージで内容は変わるが骨格は同じ- 15項目:表紙/会社概要/製品/課題/市場規模/競合/マイルストーン/事業規模/ユーザー事例/顧客獲得/潜在顧客/ファイナンス5年計画/EXIT戦略/資金使途- 財務は三表(PL・BS・CF)を5年分そろえると一気に説得力が増す- 倍率はシードで100倍がちょうどいい。ステージが進むほど下がる- 3つの鉄則:リサーチ・熱意よりデータ・人を見る– リスクは隠さず正直に書く
そして忘れないでほしいのは、ピッチデッキはこれまで学んだこと全部の集大成だということ。戦略論で強みを語り、マーケティングで顧客を捉え、財務三表で数字を組み、企業価値はマルチプル法とDCF法で出す。一つひとつの知識が、この15枚に結晶します。逆に言えば、ピッチデッキを書いてみると、自分に何が足りないかがはっきり見える。起業を夢見るなら、まず1枚、表紙から書き始めてみてください。
この記事は、僕が主宰するオンライン講座「スタバード」のアントレプレナー(起業)講義の内容をもとに書いています。MBAやハーバードで学んだ経営の核を、日本語でやさしく届けるために、「MBAに行かない人のための無料メール講座」をやっています。興味があれば、のぞいてみてください。
