結論から言います。戦略とは、1枚の写真ではなく、動画です。 一度こちらが手を打って終わり、ではありません。自分が動けば相手が反応し、市場が動く。その時間の流れの中で、勝ち続ける仕組みをどう作るか。それが戦略の最終テーマです。
戦略の定義を思い出してください。「長期にわたる利益を目指す、組織内の選択」。これまでファイブフォース(外部環境)と優位性3分析(競争優位性)を学びましたが、どちらもいわば「その瞬間」の分析でした。今回はそこに「時間」を入れます。使う道具は2つ、ゲーム理論とバリューループ。これで戦略が完成します。
なぜ戦略は「写真」ではなく「動画」なのか
「戦略とは1枚の青写真である」——これは間違いです。正しくは、戦略は動画です。
なぜか。相手が反応してくるからです。自分がある手を打つと、競合が動く。競合が動けば、こちらもまた動く。状況は刻々と変わっていく。だから、ある瞬間を切り取った「写真」のような戦略は、その場面では正しくても、ストーリー(動画)が進むと通用しなくなる。僕が経営戦略を書くときは、いつも「時間の流れが入っているか」を確認します。これがないと、ただの青写真になってしまうからです。
道具1:ゲーム理論 ── 相手の反応を読む
ゲーム理論とは、複数のプレイヤーが関わる意思決定や行動の「相互作用」を、数学的に研究する学問です。キーワードは相互作用。じゃんけんでこちらがグーを出したら、相手は次にどう出るかを考える。お互いが影響し合う、その構造を扱います。
囚人のジレンマ
ゲーム理論で最も有名なのが「囚人のジレンマ」です。
強盗事件で2人の容疑者が逮捕され、別々の部屋で取り調べを受けます。条件はこうです。自分が自白して相手が黙秘なら、自分は無罪・相手は10年。両方黙秘なら、ともに1年。両方自白なら、ともに5年。
図だけ見れば、2人にとって最善は「両方とも黙秘(ともに1年)」です。これが全体合理性。ところが、実際に起きるのは「両方とも自白(ともに5年)」。なぜか。それぞれが自分の利益だけを追うと(個人合理性)、相手が黙秘でも自白でも、自分は自白したほうが得になる。結果、2人とも自白して、より悪い状況に陥る。より良い選択肢があるのに、個人の利益追求のせいで悪い結果に落ちる。これがジレンマです。
ここで出てくるのがナッシュ均衡。「参加プレイヤーが互いに最適な戦略を取り合う状況」のことで、ジョン・ナッシュがこれでノーベル経済学賞を受賞しました(映画『ビューティフル・マインド』の主人公です)。囚人のジレンマで両者が自白に落ち着く、あの状態がナッシュ均衡です。
なお、囚人のジレンマは1回だけだと裏切り合うけれど、無限に繰り返すと協力の可能性が生まれるのがポイント。黙秘=協調、自白=裏切りと読み替えると、さまざまなビジネス場面に応用できます。
実例:ボーイング vs エアバスの駆け引き
ゲーム理論が現実で効いた例が、航空機メーカーのボーイングとエアバスです。両社は、乗客数と航続距離でほぼ肉薄したラインナップを並べ、互いの「穴」を埋めるように競っています。
ある時、エアバスが2階建ての超巨大機A380を開発しようとしました。これに対しボーイングは、「20億ドルをかけて600機のジャンボジェットを開発する。我々は開発経験があるから安く作れる」と宣言した。ところが、実際には開発しなかった。言っただけ。狙いは、エアバスに「採算が合わないだろう」と思わせて開発を断念させることでした。
しかしエアバスは断念せず、先行受注で開発費を捻出してA380を2007年に運用開始しました(僕もエミレーツでドバイに行くとき乗りました。2階建てで上にバーがある、いい飛行機でした)。ここで大事なのは、結果よりも駆け引きの構造です。「こう言えば相手はこう動くはず」と読んで手を打つ。チェスや将棋のように、相手の反応を先読みして指す。だからボーイングとエアバスの競争は「飛行機でチェスをするようなゲーム理論」と呼ばれます。
道具2:バリューループ ── 回すほど大きくなる仕組み
ゲーム理論が「相手の反応」を扱うのに対し、バリューループは「価値の循環」を扱います。一つが良くなると次が良くなり、それがまた次を良くする——相乗効果で、回せば回すほど大きくなる仕組みです。
航空機の例で言えば、販売台数が増える → 生産コストが下がる → 利益が増える → 開発費をかけられる → WTP(払ってもいい額)が上がる → 競争力が上がる → また販売台数が増える…と、ぐるぐる回る。一度回り始めると、長期の競争優位を保てます。
実例:アマゾンのバリューループ
このバリューループで巨大企業を作ったのが、アマゾンの創業者ジェフ・ベゾスです。彼が創業時にレストランの紙ナプキンに書いたとされる「ビジネスサイクル図」が有名で、2つのループから成ります。
ループ1:取り扱い商品が増える → 顧客の購買体験が向上 → サイトのトラフィックが増える → 売りたい人(出品者)が増える → また取り扱い商品が増える…
ループ2:成長する → より低コストのインフラを作れる → より低価格を実現できる → さらに顧客の購買体験が向上…
2つのループが「顧客の購買体験の向上」で交わり、互いを加速させる。つまりアマゾンは、単に「ECサイトで本を売った」のではなく、最初からこのバリューループを設計して創業し、あそこまで巨大化したわけです。ベゾスが目指したのは「世界一顧客志向の会社」。その差別化は「より多い選択肢・低価格・速くて信頼できる配送」で、すべてこのループにつながっています。
回すほど大きくなるバリューループの代表例アマゾンは、プラットフォームとロングテールの記事でも深掘りしています。
戦略に「時間」を入れる2つの問い
ゲーム理論とバリューループは、戦略に時間の流れを入れるための道具です。戦略を立てたら、次の2つを自問してください。
ひとつ、この戦略を打つと、相手はどう動くか?(ゲーム理論)。たとえば「携帯料金を5%値下げすればシェアが10%増える」というリサーチが出ても、そのまま実行すべきとは限りません。競合も値下げで反撃してきて、価格戦争になりシェアの奪い合いで共倒れ、という結末がありうるからです。相手の反応まで読む。
ふたつ、この戦略を打つと、どんな価値の循環が生まれるか?(バリューループ)。一つの改善が次々と好循環を生む設計にしておけば、それが長期的な優位性になります。
戦略3部作の総まとめ
これで戦略の全体像がそろいました。3つを束ねると、こうなります。
– 外部環境(ファイブフォース)── どの業界・セグメントで戦うか。利益を削る5つの力を見極める- 競争優位性(優位性3分析)── WTPかコストか軸を決め、バリューチェーンで優位を作り、バリュープロポジションで何を捨てるかを定める- 長期の利益(ゲーム理論・バリューループ)── 相手の反応を読み、価値の循環を設計して、勝ち「続ける」
この3つが揃って、はじめて戦略は機能します。どこで戦い(外部)、どう強みを作り(内部)、どう勝ち続けるか(時間)。一枚の写真ではなく、動画として描く。これが戦略の全体像です。
戦略3部作の他の2本、ファイブフォースと優位性3分析もあわせてどうぞ。
まとめ
今回のゲーム理論・バリューループを整理します。
– 戦略は写真ではなく動画。相手が反応するから、時間の流れを入れて考える- ゲーム理論は相互作用を扱う。囚人のジレンマ(個人の利益追求が全体を悪くする)、ナッシュ均衡、ボーイングvsエアバスの駆け引き- バリューループは価値の循環(相乗効果)。アマゾンは2つのループを設計して巨大化した- 戦略を立てたら「相手はどう動くか」「どんな循環が生まれるか」を自問する- 外部(ファイブフォース)→内部(優位性3分析)→時間(ゲーム理論・バリューループ)で戦略は完成する
戦略は、業界を選び、強みを作り、そして勝ち続ける仕組みを回すこと。一手の鮮やかさより、動画として描けるかどうか。次に何か戦略を考えるとき、ぜひ「これは写真になっていないか、動画になっているか」を自分に問うてみてください。
この記事は、僕が主宰するオンライン講座「スタバード」の経営戦略講義の内容をもとに書いています。MBAやハーバードで学んだ経営の核を、日本語でやさしく届けるために、「MBAに行かない人のための無料メール講座」をやっています。興味があれば、のぞいてみてください。
