ファイナンス

デリバティブとブラックショールズ——「保険」と「未来の取引」をノーベル賞で読み解く

結論から言います。デリバティブとは、株や通貨そのものではなく、それらから「派生」した金融商品のこと。そして、そのオプションの値段がいくらが妥当なのかを数学で解いたのが、四つ目のノーベル賞・ブラックショールズ式です。今日はコーポレートファイナンスの最終回、私ニックナカタニが「デリバティブと日本」を旅します。前回のポートフォリオ理論で三つのノーベル賞に触れました。今日で四つすべてがそろい、ロマンの旅が完結します。なお、これは売買手法の指南ではなく、仕組みを理解するための講義として読んでください。

デリバティブとは何か——「派生」する金融商品

デリバティブとは、株式・債券・金利・通貨・金・原油などの「原資産」の価格を基準に、価格が決まる金融商品です。先物取引、フォワード取引、オプション取引、スワップ取引などがこれにあたります。デリバティブという英語の意味は「派生」。元のものから派生して作られるから、こう呼ばれます。

木でたとえると分かりやすい。幹にあたるのが株式や債券、通貨、金、原油といった原資産で、そこから生えた葉っぱが、オプションや先物、スワップです。現物そのものを取引するのではなく、現物から派生した金融商品を取引する、というイメージですね。

規模を聞くと驚きます。アメリカのマネーサプライが約15兆ドル、全世界のGDPの総額が約50兆ドル、全世界の株と債券の総額が約100兆ドル。これに対してデリバティブの総額は、なんと約500兆ドル。GDPも株・債券も軽く飲み込む量が、いま世界で取引されている。資本主義社会はデリバティブで覆い尽くされている、と言っても過言ではありません。だからこの仕組みを理解しておくと、世の中のお金の流れがぐっと見えてきます。

先物取引——未来を買って利益を確定する

まずは先物から。これは身近な「為替予約」で考えると腑に落ちます。私の会社はドイツの企業なので、ユーロが動くと仕入値が変わってしまう。たとえば2021年6月1日時点で1ユーロ130円だとして、1年後の同じ日のユーロを今のうちに確保したい。お金には時間の価値があるので、少し高い133円ほどで買える、という形になります。こうして将来の為替変動にかかわらず利益を確定させるのが為替予約で、うちも年末になると翌年分をまとめて予約し、経営を安定させています。為替が急変して給料を払えなくなったら困りますからね。

先物は英語でfuture、つまり「未来」を買う取引です。ここで似た二つの言葉を区別しておきましょう。フォワード(先渡し取引)は店頭で取引され、現物決済を行う(本当に10万ユーロを受け渡す)。一方、先物取引は取引所で取引され、差金決済(差額だけをやり取り)を行う。やることは近いが、仕組みが違う、と覚えてください。

ここで一つクイズです。世界初の先物取引は、どこで始まったか。答えは——日本の大阪です。1730年、堂島米会所で米が売買されました。証拠金を積むだけで差金決済による先物取引ができ、現代の先物市場とほぼ同じ仕組みだった。江戸時代の日本が、デリバティブの最先端だったわけです。大阪には今も石碑が建っています。先物と日本は、実は相性が良いんですね。

オプション——「保険」として権利を買う

次はオプション。現物を買わずに「権利」だけを買う取引です。これも身近なたとえで掴めます。火災が起きたら何がもらえますか——保険金ですね。地震保険、生命保険も同じ。「何かが起きたら、お金がもらえる」のが保険です。オプションは、この保険にそっくりです。

コールオプション(買う権利)を見てみましょう。130円で買う権利を持っていると、相場が140円になれば10円、150円になれば20円の得。逆に120円に下がったら、権利を放棄すればいいので損はしません。良いとこ取りに見えますが、この権利を得るのにプレミアム(保険料)を払います。仮に2円なら、その2円分が常にマイナスとして乗るので、実際は142円で10円、152円で20円、という形になります。下がったときは2円の損で止まる、というわけです。

逆に、相場が下がったら得をしたいときに使うのがプットオプション(売る権利)。130円より下がって118円になれば10円、108円になれば20円の得、という具合です。さらに、これらの「売り手(保険会社の役割)」に回るポジションもあり、コールのショート、プットのショートと呼びます。結果として、コール・プット × ロング・ショートの4種類が存在します。

ブラックショールズ式と伊藤清——「2円の妥当性」を解く

ここで核心の問いです。さっきのプレミアムは、なぜ2円なのか。生命保険の月5000円が妥当かどうかと同じで、根拠が知りたいですよね。これを解くには、現在の価格(130円)を起点に正規分布を使い、将来どのあたりに収まりそうかの確率を計算し、ペイオフ(損益)の期待値から妥当な保険料を求めます。

この価格付けを解いたのが、四つ目のノーベル賞・ブラックショールズ式です。デリバティブの価格付けに現れる偏微分方程式で、1997年にロバート・マートンとマイロン・ショールズがノーベル経済学賞を受賞しました。

そして、ここに日本のロマンが絡みます。このブラックショールズ式の導出と証明の土台になったのが、伊藤の定理です。微分積分に確率論を導入し、ブラウン運動の軌跡や、株式・債券の価格変動のチャートのような、規則性のない曲線を方程式で記述することを可能にした——それが伊藤清さん、京都大学の名誉教授です。マイロン・ショールズは伊藤さんに会ったとき、わざわざ握手を求めて敬意を表したという話が残っています。私自身、28歳のときにこの「未来を導く」伊藤の定理に出会って感銘を受け、MBAを目指しました。私にとってのロマンの原点です。

デリバティブをどう使うか——為替予約とリスクヘッジ

実務での使い道もまとめておきましょう。いちばん身近なのは、すでに触れた為替予約。海外からの継続的な仕入れに対し、取引通貨を予約して利益を確定し、経営を安定させる。外資の経営に関われば、為替予約で銀行と渡り合う場面も出てきます。

もう一つはリスクヘッジ。日経平均などは現物をそのまま買えませんが、先物やオプションで取引できます。私も先物口座を持っていて、インデックスが不安定だと感じたときは、株式を買っておいて日経平均先物を売り、全体をニュートラルにして、乖離の部分だけ利を取る、といったこともします。ただし、デリバティブは投機の対象にもなり、過去にはサブプライム問題のような事態にも絡みました。正しく理解し、正しく使ってリスクをコントロールする道具——これが今日の結論です。

四つのノーベル賞で読み解く資本主義——CFの総括

これでコーポレートファイナンスの全5回が完結しました。裏側には四つのノーベル賞が一本の線でつながっています。負債と資本のバランスを説いたMM理論(モディリアーニ&ミラー)、個別株のリターンをモデル化するCAPM(ウィリアム・シャープ)、分散投資を最適化するポートフォリオ理論(マーコウィッツ)、そしてオプションを値付けするブラックショールズ式(マートン&ショールズ)。私たちが生きるこの資本主義社会は、この四つの理論の上に成り立っている。MBAでもデリバティブまでたどり着かないことがあるほどの内容ですが、概念だけでも押さえておくと、世界の見え方が確実に変わります。

まとめ——派生商品を知ると、資本主義が見えてくる

今日のポイントを整理します。デリバティブは原資産から派生した金融商品で、先物は未来を取引して利益を確定する道具、オプションは保険のように権利を売り買いする道具です。その値段の妥当性を解いたのがブラックショールズ式で、土台には日本の伊藤の定理がある。そして、コーポレートファイナンスは四つのノーベル賞でつながっている——NPVから始まり、企業価値、ポートフォリオ、そしてデリバティブへ。

数字が苦手でも大丈夫。仕組みとロマンを掴むだけで、投信もニュースも、お金の流れそのものが違って見えてきます。世界の見え方が変わると、行動が変わります。

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